女中が手を拭き拭き出て来て、雨戸を繰り開ける。外は相変らず、灰色の空から細かい雨が降っている。暑くはないが、じめじめとした空気が顔に当る。
 女中は湯帷子に襷を肉に食い入るように掛けて、戸を一枚一枚戸袋に繰り入れている。額には汗がにじんで、それに乱れた髪の毛がこびり附いている。
「ははあ、きょうも運動すると暑くなる日だな」と思う。木村の借家から電車の停留場まで七八町ある。それを歩いて行くと、涼しいと思って門口を出ても、行き着くまでに汗になる。その事を思ったのである。
 縁側に出て顔を洗いながら、今朝急いで課長に出すはずの書類のあることを思い出す。しかし課長の出るのは八時三十分頃だから、八時までに役所へ行けば好いと思う。
 そして頗る愉快げな、晴々とした顔をして、陰気な灰色の空を眺めている。木村を知らないものが見たら、何が面白くてあんな顔をしているかと怪むことだろう。

 天保八年丁酉の歳二月十九日の暁方七つ時に、大阪西町奉行所の門を敲くものがある。西町奉行所と云ふのは、大阪城の大手の方角から、内本町通を西へ行つて、本町橋に掛からうとする北側にあつた。此頃はもう四年前から引き続いての飢饉で、やれ盗人、やれ行倒と、夜中も用事が断えない。それにきのふの御用日に、月番の東町奉行所へ立会に往つて帰つてからは、奉行堀伊賀守利堅は何かひどく心せはしい様子で、急に西組与力吉田勝右衛門を呼び寄せて、長い間密談をした。それから東町奉行所との間に往反して、けふ十九日にある筈であつた堀の初入式の巡見が取止になつた。それから家老中泉撰司を以て、奉行所詰のもの一同に、夜中と雖、格別に用心するやうにと云ふ達しがあつた。そこで門を敲かれた時、門番がすぐに立つて出て、外に来たものの姓名と用事とを聞き取つた。
 門外に来てゐるのは二人の少年であつた。一人は東組町同心吉見九郎右衛門の倅英太郎、今一人は同組同心河合郷左衛門の倅八十次郎と名告つた。用向は一大事があつて吉見九郎右衛門の訴状を持参したのを、ぢきにお奉行様に差し出したいと云ふことである。

 従四位下左近衛少将兼越中守細川忠利は、寛永十八年辛巳の春、よそよりは早く咲く領地肥後国の花を見すてて、五十四万石の大名の晴れ晴れしい行列に前後を囲ませ、南より北へ歩みを運ぶ春とともに、江戸を志して参勤の途に上ろうとしているうち、はからず病にかかって、典医の方剤も功を奏せず、日に増し重くなるばかりなので、江戸へは出発日延べの飛脚が立つ。徳川将軍は名君の誉れの高い三代目の家光で、島原一揆のとき賊将天草四郎時貞を討ち取って大功を立てた忠利の身の上を気づかい、三月二十日には松平伊豆守、阿部豊後守、阿部対馬守の連名の沙汰書を作らせ、針医以策というものを、京都から下向させる。続いて二十二日には同じく執政三人の署名した沙汰書を持たせて、曽我又左衛門という侍を上使につかわす。大名に対する将軍家の取扱いとしては、鄭重をきわめたものであった。島原征伐がこの年から三年前寛永十五年の春平定してからのち、江戸の邸に添地を賜わったり、鷹狩の鶴を下されたり、ふだん慇懃を尽くしていた将軍家のことであるから、このたびの大病を聞いて、先例の許す限りの慰問をさせたのも尤もである。

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